本稿では,構文文法に基づいて複雑述語使役移動構文の動詞部分に2つの関係を仮定する森下(2015) の主張に対し,この構文の意味機能を「動作主からのエネルギーによって対象が移動するという定形動詞の表す事象に,対象の移動様態を加えることである」と仮定する。そして,認知言語学の視点から,複雑述語使役移動構文の定形動詞が表す移動に移動様態を付け加えることが可能となる原因は,事象認知の推移によって様態に関する情報が構文中に実現されるためであると説明する。事象認知の推移を加速させる要因は,移動様態が,動作主からのエネルギーを受けて物体の移動するシナリオの一部となっているためである。
さらに,拡張例と考えられる事象認知の推移に対し,解釈上の補完とみなされる事象認知の推移が存在することについてもふれる。中間経路が語彙化されていない移動表現であっても,中間経路が補完される場合がある。これは,文脈情報の助けを借りた事象認知の推移の結果,当然のシナリオの一部である中間経路が動詞に補完されるためである。