明治時代が、わが国の政治・経済・外交・文化など、あらゆる方面にわたつて、史上極めて重要なる地位を占めていることはいうまでもない。これを教育史上からみても、欧米諸国の教育制度を大規模に取り入れて、全国的規模のもとに近代的教育制度を布き、教育上の中央集権を樹立するに至つた意義はまことに重大である。したがつて明治教育史の研究は、これまで各方面にわたつて行われ、とくに教育制度や教育思想の発達の問題、並にこれが絶対主義国家の形成に果たした役割等については、従来ほとんど研究し尽された観がある。しかし、教育内容の分析を通じて、教育の実態を細らかにしようとした研究は少ないように思われる。とくに明治教育史の一分野にすぎぬ歴史教育史の問題に至っては従来殆んど顧みられるところなく、わずかに一般教育史の中で簡単に言及されているにすぎない。このように研究成果の乏しい中にあって、特に注目すべき論著としては、西田直二郎博士の「歴史研究と歴史教育」大久保利謙氏の「明治初期の歴史教育書と明治維新」結城陸郎氏の「歴史教育」などがあるが、これは歴史教育上の特定の問題を考察されたものか、またはわが国の歴史教育史を概観されたものである。
この小稿はこれら先学の業績をふまえて、明治期の歴史教育、特に初等教育の場合について、その歴史的展開を跡づけながら、政治的社会的諸条件との関連において、その時代的性格の解明を意図するものである。歴史教育の性格を、政治としての文教政策の一環としてとらえることは比較的容易であるが、零細な史料を累積しなければならない現実の実践面よりの究明は相当困難である。小稿は極めて不備ではあるが、そうした意図での一つの試論である。