化石中に残存する有機質膜(コンキオリン)の電顕的観察については,試料を脱灰したのち分散・剥離させたものを透過型電顕(EM)により観察する手法が常用されてき.た。有機質膜自体の微細構造をみるためにはその手法でも目的を達しうるが,膜全体の形,あるいは有機質膜と硬組織を構成する鉱物との構成関係を知るためには,別の手法が必要である。すなわち,膜をできるだけ破損させずに残して,それを走査顕微鏡(SEM)下で観察できればよいのであるが,化石を脱灰して有機質膜を原形どおりに残すことは至難の技である。脱灰中,ごく僅かの震動のために,有機質残渣が一挙に飛散してしまうことは誰しも経験するところである。
しかし,SEMの使用が一般化してきた今日,試料作製技術に一工夫こらせば,化石有機質膜の巨視的構造が部分的にせよみられるはずである。筆者はこれまでの失敗例を反省して,次の諸点に留意すれば,化石中の有機質膜をSEM下において観察しうると考えた。
(1)液浸中の試料に与える震動を可能な限り少なくするために,脱灰開始から脱水完了まで,試料を固定した状態におくこと。
(2) 有機質膜の破損をできるだけ少なくするために,試料の脱灰は深部まで完全に行なわずに浅くとどめておくこと。
(3)脱水等の液交換はなるべくおだやかに行なうこと。
(4)脱灰試料の乾燥は臨界点乾燥法を用いること。
その緒果,ここにのべるような手法が,化石有機質膜の巨視的ないし立体的構造をSEMで観察するためには,かなり効果的であることがわかった。
本論に入るに先立ち,臨界点乾燥装置の設計およぴ製作にあたり,岡山大学温泉研究所の野一色泰晴・伊藤英司の両博士から全面的なご教示とご援助を頂いたことを感謝する。また,鳥取大学医学部の井上貴央氏には,実験過程でご協力をいただいたことを感謝する。