Memoirs of the Faculty of Education, Shimane University. Educational science

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Memoirs of the Faculty of Education, Shimane University. Educational science 33
1999-12-01 発行

中国における障害児教育の最近の諸問題(II)

Some Characteristic Problems in Special Education in Latest China(II)
Nishi, Nobutaka
Hu, Yong
File
Description
日本のある自治体の「就学指導委員会」において検討された事例のなかに,以下のようなものがあった。
 <事 例>
 小学校5年 男子
 胎生期周産期ともに異常なし。乳児期については,定頸・寝返り・這行までほぼ標準的に推移したが,初歩は1歳4か月になってからであった。保護者からの報告によると,発語は満1歳までに獲得となっているが,幼児期全体を通じて発語・発話量は少なく,多動の傾向を示した。
 2年間保育所生活を送ったが,途中退所し,学齢になって小学校へ就学した。異常とはいえないまでも他の児童とは著しく異なる行動をとるということで,教育委員会関係の相談機関や児童相談所等で指導を受け,また,医療機関をも受診した。そして高学年になって,障害児の治療教育にあたる複数の医療機関において心理検査やカウンセリングを受け,「注意欠陥多動障害」「多動症候群」などと診断された。
 学校生活においては,低学年のころに他の子どもへの暴力行為や器物の破壊といった行動が見られた。その後その傾向は減少しつつあるが,不登校にまでは至らないまでも登校を渋るようになり,午後には帰宅することも多くなった。腹痛や頭痛を訴えて,しばしば保健室で過ごす姿が見られた。そして現学年になって,欠席がちとなり,登校しても保健室までであって教室には入らないといった状況も増加してきている。
 学習時間は静かに席に着いていることが多いが,いわゆる「学業不振」である。体育は参加せずに,「見学」の形をとることが多い。友達関係は希薄であり,休憩時間も一人で孤立していることが多い。
 学校の対応として,可能な限り学習上の個別指導を考慮し,意欲を持たせるようにと激励や賞賛のことばを多くかけるように努めている。そして,本児に対して無理強いは避けて気持ちよく学校生活が送れるようにと,身体的な不調を訴えでたときには保健室での休息や早めの下校といった措置を講じている。しかしながら,突発的に器物を破壊するなどの行動にでたり,地域での反社会的な行動もあって,警察に補導されることもあった。学校として,多人数の学級の中での指導には限界があり,情緒障害の学級に在籍させて担任の手厚いきめ細かな支援を基盤に置きながら,学校での集団生活の発展を目指したいという方針をたてている。
 なお,本児の家族に父親はいない。
 就学指導委員会直前の発達検査の結果では,WISC−RでIQ80,言語性・動作性いずれもほぼこの数値を示して差異はない。また,行動安定のために薬物療法も導入されているが,副作用の発現があり,効果は必ずしも十分ではないとされている。
 就学指導委員会の結果は,情緒障害の特殊学級への入級が適当である,というものであった。
 この例のほかにも,たとえば知的発達がいわゆる「境界線」上にあり,学年があがるにつれて「とくに国語や算数の学習困難が目立ち」「従って,学習障害と判断して学習障害児のための特別の学級への入級を勧めたい」といった考えが学校から示される例もある。筆者の周辺では,そのような例が最近急速に増加しているという印象がある。
 そのような子どもに対して,少なくとも無視するという形ではなく,学校が真撃に,そして積極的に受け止める努力を重ねている事実は貴重なものである。そして一人の担任が多人数を受け持つ学級内での対処には限界を感じ,既存の制度としての「特殊学級」,なかでも「情緒障害学級」の活用を企図することも,必ずしも否定すべきものでもないといえよう。しかしながら,不登校や「いじめ」問題を始め,子どもの育ちに関わる数多くの現象が最近さまざまに指摘されており,専門家と呼ばれる集団にとどまらず一般的な話題ともなっている状況を見るとき,個々のケースバイケースの対応に終わらせずに理論的な整理が求められていると理解すべきであろう。
 そして実際,日本教育学会においては,「臨床教育学」に関する課題研究が3年間にわたって組織され,教育学の分野での新しい可能性が探る努力がなされている。さらに,1995年には,特別な二一ズ教育とインテグレーション学会(SNE学会)が発足し,それらの子どもを特別な教育的二一ズを持つ子どもとしてとらえ,障害児教育との共通性や異質性についてなど,さまざまな角度からの検討が加えられつつある。
 しかし,日本教育学会にせよSNE学会にせよ,なお,明確な方向性を見いだし得ていないのが現状であり,引き続いての理論的・実践的研究の深まりが待たれている。
 そのような折り,1998年の日本LD学会において,中国の静進氏1)が「中国における小児臨床心理及び行動研究の現状」と題して講演を行った。
 本稿は,この講演を手がかりとしながら,LD(学習障害)に関する中国における研究の状況を概観するなかで,今後日中両国において求められる研究と,治療教育あるいは学校教育における実践的諸課題を探ろうとするものである。