閉眼族烏賊類の雌個体に存する副纏卵腺の機能についてはまだ定説がない。閉眼族における細菌による発光共生が明らかにされてからBuchner,Pierantoni氏等は,これに関連して副纏卵腺の機能を説明しようと試みた。即ち副纏卵腺は発光細菌の原始共生器官であり,副纏卵腺そのものは発光を示さないが,共生宿主なる烏賊の母体から,卵を通じて共生細菌を子孫に伝えるための器官であると主張しているのである。これは,副纏卵腺内にはある種の細菌が棲息すること,副纏卵腺の位置が纏卵腺の開口部にあること,発光菌の共生によって発光する烏賊においては,共生宿主と共生細菌との間に常に種的特異関係があること等の事実に立脚して,副纏卵腺肉には発光菌が棲息し,卵子が卵巣を出て纏卵腺より分泌する卵穀によって被われる際,同時に副纏卵腺により発光菌を塗抹されるという仮説であり,実験的に証明されたものではない。Mortara,Skowlon氏等は,副纏卵腺内の細菌の培養実験の結果から,Buchner 及び Pierantoni 両氏の考えを否定している。岸谷氏は本邦に産する閉眼族烏賊数種について発光共生の事実を明かにしたが,これに関連して,これらの烏賊の副纏卵腺は,その構造,内部に棲息する細菌と宿主たる烏賊との間の種的特異関係等より考えて,副纏卵腺は一種の細菌共生器官であろうと示唆しているが,その細菌が発光細菌でない点から Buchner 及び Pierantoni 両氏の仮定には賛成していない。
それでは副纏卵腺はどんな機能を有する器官であろうか,著者は,この問題の解決に志して,目下研究に從事しつつあるが,今日まであげ得た成果の一部をここに発表する。