島根大学文理学部紀要. 文学科編

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島根大学文理学部紀要. 文学科編 11
1977-12-27 発行

Vignyの歴史小説Cinq-Marsとその続篇計画

CINQ-MARS et les Plans Fragmentaires de sa Suite
田中 隆二
ファイル
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内容記述(抄録等)
Cing-Marsは1826年に上梓されたVignyの唯一の歴吏小説である。歴史小説の第二作を書かない理由を,Vignyは後年,1859年に,Le Jourual d'un Poeteに記している。それは畢竟自分の小説作法を反省して,それが歴吏小説には適当でないことを自覚したためである。
一方,その結論とは裏腹に,Vignyは歴吏小説の計画を幾度か樹てている。それについては本論で詳述するが,中でもCing-Marsの続篇と但書のついた計画が最も進捗していたのである。それはBalthasar de Farguesという歴吏上実在の人物を主人公として居た。その人物についてどのようなことを知って居り,どこからその知識を得たかもVignyは明らかにしている。
ところが問題はその典拠にあり,Vignyの得た素材は,その史料としての価値を疑われているものであった。Vignyは恐らくそのことを知らなかったに違いない。しかも,歴史小説に於ては,吏実との齟齬は必らずしも作品の価値評価の問題とは直結しない。特にこの場合のように資料そのものの欠陥を作家が知らなかったとすればこの史実と虚構の問題は別して微妙となる。また,Vignyの場合はCing-Marsに徴して明らかであったように,史実そのものについての難しい問題は擱くとして,ごく平凡な意味での事実ということに限っても,彼がこれを絶対視していないことは既によく知られている。典拠に於ける史料としての欠陥は,むしろ,Vignyの歴吏小説の持つ幾つかの問題を明確化するに資する。更にCing-Marsとその続篇計画を比較する時,我々はこの作家に於て不変のものと発展しているものを弁別することが可能であろう。以上の予想の下に,我々はまずCing-Marsの続篇計画の概要を示し,次いでBoislisleによるFargues事件の真相を紹介しよう。その後にそれとVignyのFargues事件についての知識との異同を確認し,最後にCing-Marsとその続篇計画の比較検討を試みるのである。