世界の半導体産業では,日本とアメリカの企業を中心としたさまざまな企業間関係が形成されている。これは,両国の半導体産業が世界全体において卓越した地位を占めているからである。特に日本の半導体産業は,1980年代後半に,アメリカ半導体産業を追い抜くほどの競争力を実現した。しかし,1992年の世界半導体市場では,アメリカ企業の世界シェアが41.1%で,日本企業のそれは42.8%になり,その差は前年の8.0%から1.7%に縮まったと推定されている.。両国半導体産業のシェア急接近が今後どのようになっていくかは予断を許さないが,世界の半導体産業において.日本とアメリカの半導体産業が最も重要な地位にあることは間違いない。
ところで,日本とアメリカの半導体産業では,競争力の強い分野が異なることはよく知られた事実である。すなわち,日本の半導体産業はDRAMをはじめとしたメモリ分野において非常に強い競争力を有し,アメリカ半導体産業はマイクロプロセッサ分野において非常に強い競争力を有している。すでに筆者は,半導体企業の研究開発体制の検討対象としてDRAMを取り上げ,メモリ分野の競争関係のありようを明らかにしてきた。そこで本稿では,もう一つの重要な製品分野であるマイクロプロセッサを取り上げ,そこでの競争関係を検討していくことにする。
本稿の課題は,半導体企業がマイクロプロセッサ市場において競争優位を実現していくための要因がいかなるものであったのかを明らかにすることである。その際に,マイクロプロセッサ市場で最も大きな市場シェアを実現したインテルとその競争関係にある諸半導体企業のマイクロプロセッサ事業戦略を検討していく。また,マイクロプロセッサ市場をめぐる諸関係を検討するとき,マイクロプロセッサの製品特性とパーソナルコンピュータの関係に注目する必要がある。何故なら,マイクロプロセッサのアーキテクチャーがエレクトロニクス製品の質を決定的に左右するからである。この点を中心として,半導体企業のマイクロプロセッサ事業戦略のありようを明らかにしていく。
こうした課題を明らかにするために,本稿では,次のような検討を加えてい
く。まず第1に,マイクロプロセッサの開発過程とそれが登場した意味について検討する。第2に,マイクロプロセッサ市場の形成過程を,これに影響を与えたパーソナルコンピュータ開発およびその市場競争と関係づけて検討する。第3に,アメリカ半導体企業が1980年代前半に採用したセカンドソース戦略と,1980年代後半に行ったこの戦略の転換が,マイクロプロセッサ市場の競争関係に与えた影響を検討する。最後に,インテルのマイクロプロセッサ事業戦略の成功に触発されたAMD社などの互換チップ製造企業の事業戦略や,ワークステーションに使用されるRISCチップ開発競争を見た上で,インテルの最近の事業戦略について検討を加える。