1980年代以降のパーソナル・コンピュータの普及は教育現場においてもめざましいものがあり,大学の講義においても「情報処理」の講座が理学部や工学部などの理工系の学部だけではなく,人文社会科学系の学部でも次々と新設されている。この背景には,コンピュータハードの性能の向上や低価格化があったのはもちろんのことであるが,利用目的に応じたアプリケーション・ソフト開発の急激な進歩があったことは言うまでもない。
従来の情報処理教育は,ハードウェアに関する一定の知識と Shannon や Winner以来の数理的・工学的情報理論の学習を導入部分として,BASICやFORTRAN,COBOL,C,などのコンピュータ言語を修得し,これによってそれぞれの必要分野に応じてプログラムを作成することであった。経済学教育においても,BASICを使ったミクロやマクロの数式プログラミング,産業連関表の作成や,マルクス経済学における再生産表式の作成,転形問題の解法などのプログラミングが一橋大学の久保庭真彰氏らによって先駆的に行われている。しかしながら,これらの業績は従来の経済理論の入門的な部分を的確にプログラミングしているが,コンピュータ言語の理解と人力に多大の労力がかかりすぎ,かならずしも経済理論の学習自体に適しているとは言い難いところがある。むしろ線型的な数式を形式言語によってディジタル化することによって,数式の本質をわかりにくくし,経済理論と数学にコンピュータ言語の教育が加わることによって過重負担になっていると思われる。
このようなコンピュータ言語による経済理論のプログラミングに代って,スプレッド・シートなどのアプリケーション・プログラムが多数登場することにより,ハードウェアの知識はもちろんのことコンピュータ言語の学習も不用となり,より専門分野に接近した形でのプログラミングが可能になったといえよう。特にスプレッド・シートのなかでも最初に普及したLotus1-2-3を利用した国民所得分析や産業構造分折などの経済データ解析のプログラミングに関する解説書はここ数年に相次いで登場している。このスプレッド・シートの登場に解説書はここ数年に相次いで登場している。このスプレッド・シートの登場によって,大量の数値データを処理しグラフィック化すると同時に,回帰分折などの統計的な分析を行うことが可能になったが,これらはデータに依存しておりアプリケーションによるプログラミングにも限界があるため,代数を使った抽象的な経済理論の修得には困難を生じさせる。この点では先のコンピュータ言語による経済理論のプログラミングからは一歩後退した側面がある。そこで,近年大型コンピュータやワークステーションからパーソナル・コンビュータへ移植されつつある数式処理ソフトによる経済理論解析の活用が展望されるのである。
そこで,本稿では現在スーパー・コンピュータからパーソナル・コンピュータまで広範囲で普及している数式処理ソフトMathematicaを使って,経済学の初歩的なプログラミングを試みてみる。