本研究は、映画を主とした映像表現に展開するタイポグラフィ(複製を前提とした文字や記号からなる視覚表現)の構造分析をとおして、<言語─意味>を伝達する表層的な機能にとどまらない、文字の「視覚的意味伝達の機能」をデザイン理論や組版及び印刷理論、記号学の援用によって明らかにすることを目的としている。
前稿では、近年のテロップ手法に多大な影響を与えた監督市川崑の作品を対象として、同定実験による書体選択の変遷や活版活字文化に由来する方形の空間構造を明らかにし、共示義を調整することによって生成される視覚伝達機能の特質を確認した。1)
本稿では、企業体のシンボル・マーク(以下、標章)2)が映像のなかで重要な役割を担う二つの映画作品を対象として、標章の視覚的機能と本編コンテクストとの関わりについて、その構造を分析し、考察を試みたい。
一九七〇年代半ばから急速に浸透した企業体によるシンボル群の視覚的展開は、タイポグラフィが密接に関わる領域である。しかし、それよりも近代デザインが心理学や記号学、商業学などの周辺諸科学をその根拠として、産業に深く関与していく基本概念の形成自体に大きな影響を与えるものでもあった。
一方、映画作品のなかには架空の企業体をモチーフに物語を展開していくものが存在する。それらの作品では現実同様に企業シンボルが様々なアイテムへ展開し、映像や物語を支えている。
本稿では、まず、歴史的視点から企業体における視覚表現の概念を明らかにしたのち、各々の映画本編における標章の作用を抽出し、視覚的な意味伝達機能の特質を考察する。