自由ヴァルドルフ学校の教育実践ならびに,その背景にあるルドルフ・シュタイナー(Steiner,R.1861~1925)の教育理論に対する関心が,近年急速に高まっている。音楽教育の内容と方法を研究する立場からも,この学校の教育理論と実践には心惹かれるものがある。
自由ヴァルドルフ学校は,1919年,ルドルフ・シュタイナーの指導のもとに,12年制の私立学校として設立された。この学校は,シュタイナーの人間認識と,それに基づく教育学上の創見を支柱とした教育実践を,創立当初から一貫して行ってきた。その60年余にわたる学校の歴史の中で,途中ナチス政権による閉鎖を余儀なくされたが,この難をのりこえて近年増えつづけ,今日世界的な規模で発展するに至った。その数は現在西ドイツをはじめ世界23ケ国に設立されており,あわせて300校近くに達しようとしている。
更に,現代の教育の荒廃とその危機が叫ばれる中で,この学校の教育実践は,その改革の方向性を示すものとして様々な方面から注目を集め,いくつかの批判はあるものの概ね好意的に受けとめられており,書物,辞典などにも顕著に記述されるようになった。このような状況は,この学校の60年余にわたる教育実践の力強さを示すものであり,その背景にあるシュタイナーの教育理論が,今日においても充分に傾聴に値するものであることの証左といえよう。
本稿で検討しようとするこの学校の音楽教育の理論と方法も,極めて注目すべきものである。固有の人間観のもとに全体的人間の育成を目ざすこの学校の教育の中で,低学年の段階においては,音楽は,単に教育内容の一つであるにとどまらず,あらゆる教育の基本的な方法原理としても位置づけられており,この位置づけそのものが,自由ヴァルドルフ学校における音楽教育の大きな特徴となっている。一方,低学年においては教科としての音楽の枠をこえて,各教科の中に方法原理として浸透している音楽的な要素と共に,この学校固有の教科である”オイリュトミー”(Eurythmie)を通じて,教育内容としての音楽教育も独自のあり方を示している。
本稿では,この学校における音楽教育の独自の位置づけと共に,その内容,方法の固有のあり方に注目し,シュタイナーの原典に即してその理論的根拠を明らかにしようとするものである。