近来,日本の陸水エビ類については久保伊津男博士によって詳細なる分類学的並に分布学的研究がとげられているけれども,博士の研究資料は,本州においては,主として日本の太平洋側から得られたものであるから,日本海側の陸水エビ類のファウナや分布を知るにははなはだ不便ある。そこで,筆者はこれらの調査研究を思いたち,1948年以来石見・出雲・隠岐から多数の標本が筆者の手もとに集められた。これは,主として浜田の旧島根師範学校女子部の学生や現島根大学教育学部分校の学生諸君が,夏休や春休あるいはそのの他長期の休暇を利用して,各自の郷土から熱心に採集されたものであり,また,浜田高等学校生徒の有志諸君が勉強の余暇に採集されたものであり,さらにまた,筆者のこの研究に興味を寄せられている地方有志の方々の手を煩わして得られたものである。なお,毎年秋から初冬にかけて浜田市の釣道具店には,磯釣の餌料として,多量の陸水エビ類が地方の湖沼・河川から運ばれてくるので,筆者は自らそこに出かけて必要なるものを選択購入していた。以上の如くして採集の全きを期したけれども,出雲地区からの採集は石見のそれに比べると劣っている。これが主な原因は,浜田の学舎にいる出雲出身の学生が石見出身者に比して少いことにある。
筆者の検した標本の総数は823個体の多きに達しているが,それら検査の結果,石見と出雲を包括する山陰の西南部には,ヌマエビ科に Paratya compressa, Neocaridina denticulata, Caridina leucostica, C. japonica, C. serratirostris koterai, subsp. nov. の5種と,テナガエビ科に Leander paucidens, L. japonicus, Palaemon lomgipes, Pal. nipponensis の4種のエビが棲息していることが先ずわかった。次に,これらのエビの形態上の変異は,太平洋側の日本本土産のそれと比かくして,多くの場合同一でないことを知り,また,これらの本州の日本海側における地理的分布に関しての新知見を得ることができた。隠岐島の陸水エビ類は,石見・出雲のそれと密接な関係にあるのであるが,それは昨年から”動物学雑誌”上に報じつつあるので,ここでは触れないことにした。
本報文を公にするにあたって,上記の多数の標本を採集してもらった学生・生徒諸君並に地方有志の方々に対して深き謝意を表する。