本学附属図書館田中文庫に所蔵される『島根県内農具図解』一冊は、明治十四年(一八八一)三月から六月の間、東京上野公園において開催された第二回内国勧業博覧会に、当時の島根県から出品された農具類の出品解説図録である。序文の修正や各丁の袖書等の状況からすれば、本書は、浄書本に対する草稿本かと推測される。
袋綴の大本で、墨付二七七丁を数える。各丁、オモテに農具の名称とその図解(寸法を含む)を掲げ、ウラにその材質・形態・用途等について簡潔に解説する。本稿の以下には、各丁オモテにおける農貝の名称を「標題」といい、その図解を「図解」という、また、各丁ウラにおける解説を「解説本文」という。
本書は、当時の島根県における農具類の実態を知る上では実に有益な資料である。しかし、本書の価値はそれだけには留まらない。これらの農具類を通して、我々は、当時の島根県の、ひいては、日本全国における農業生活、また、農民生活の実状を窺うことができるのである。当時といえば、国民のおおよそが第一次産業(農業、林業、水産業等)に従事していた時代であり、かつ、近世から近代への転換期であった。本書は、そうした意味において、農政・農事資料、また、生活資料、民俗資料としてかけがえのない貴重な文献であり、さらには、語彙や方言などの国語生活の研究資料としても看過できない資料である。
本書は、それが作成・撰述されてからすでに一一○余年を経ており、その「解説本文」にも難解とされる条が少なくない。「図解」と「解説本文」とは車の両輪であり、双方相俟って本書の価値を高からしめるものであるが、紙面の制約もあるので、本稿では、まず、「解説本文」を対象とし、その読解の便宜を計ることとする。