島根大学法文学部紀要. 文学科編

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島根大学法文学部紀要. 文学科編 3 2
1980-12-25 発行

H・ベルの初期の短篇小説

H . Bolls fruhe Kurzgeschichten
水内 透
ファイル
a003000302h012.pdf 2.37 MB ( 限定公開 )
内容記述(抄録等)
「私がこれまでに書いたものは――合間に書いた比較的ささやかなもの,論文,批評も合めて――すべて一つの続きである。」とベルが言明したのは1971年,ノーベル賞受賞の前年である。これはとりたてて意外な発言とは思えない。一般に,時代の結節点となり得るような社会的,歴史的事件は,それに参加したか否かという個人の次元を超えて,ある世代の原風景というべき,特有な精神の形成を行うものであって,ベルの場合,根強い人気の秘密がこの共通体験にあるとは充分考えられるからである。そうしてベルが,それは「ある根本的な主題の絶えざるヴァリエーション」であり,「書き加え」であるとつけ加える時,そこに一つの軌跡を描き出すのはそれほど困難には見えない。しかし他方で,体験は一世代への拡がりを持つと同時に,元来個人的,意識的思想形成の前提であり,それぞれに時間の侵蝕を受け,風化,あるいは変質してゆくことを考慮するならば,恐らく上の発言に籠められている苦渋,困難が予想されてくるし,その軌跡が単純である筈はなく,この作家の体験がその後の歴史の変化する状勢に対しても常に開かれ,それに基いて,きわめて現代的な世界を呈示し続けて来たことに思い当る。その作品世界は,恒常性を堅持する側面と折々の瞬間に向けられた側面との対立,緊張関係のうちに構築されて来たのである。このような展開の跡を辿るためには,むろんまず初期作品の検討から出発しなければなるまい。本論はそのささやかな試みである。