島根大学法文学部紀要. 文学科編

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島根大学法文学部紀要. 文学科編 14 1
1990-12-25 発行

サティ<ソクラテス>について

Erik Satie "SOCRATE"
松田 明
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a003001401h006.pdf 1.33 MB ( 限定公開 )
内容記述(抄録等)
哲学者が芸術を論じることは多いが,その多くは哲学の枠組みの中での思索による論述である。哲学者による芸術論は,たとえ,その論旨が理解できたとしても,芸術に携わっている者にとっては,時として感性がそれを拒否する場合が生じる。しかし拙論は,美的領域に立脚する,いわば芸術の立場から哲学的な考察を試みるものである。
 この小論におけるソクラテスは,ギリシャの哲学者(前470−399)を指し,<ソクラテス>は,フランスの作曲家サティ(Erik Alfred Leslie Satie 1866−1925)による<3部からなる声を伴った交響的ドラマ「ソクラテス」>(Socrates)についてである。この作品は,サティが貧乏な生活を続けた1918年に,エドワード・ポリニャック公夫人の委嘱によって作曲された。1920年にパリで初演されたとされているが、その初演の年代については異説もある。近世以後,古代ギリシャの音階は,部分的に使用されることはあっても,古代ギリシャそのものに取材した音楽は意外に例が少なく,べ一トーヴェン(Beethoven1770−1827)作曲のバレヱ音楽<プロメテウスの創造物>(Die Geschoepfe des Prometheus)や,グルック(Gluk 1714−1787)作曲の歌劇<オルフォイス>(Orpheus)等が挙げられるが,両方の作品とも,現在では全曲演奏されることはほとんどなく,序曲のみか,特定な場面の音楽のみが演奏されて,視覚的要素も加えたバレヱや歌劇として上演されることはあまりない。またギリシャ音楽は,生きた姿を見せることなく,哲学や音楽理論の中でのみ生き続けている。もし,残された文字譜を解読できたとしても,それは観念的な記号の集合に過ぎない。文書や絵画や彫刻の中にも,ギリシャ音楽に関する間接的資料がないわけではないが,生きた音楽そのものは僅か13曲しか残っていない。しかもその作品は中には疑わしきもの,断片的なもの,復元困難なものも含まれる。その意味でもサティの<ソクラテス>は,古代ギリシャを扱った作品であることにも意味がある。
 <ソクラテス>は,同世代の他の作曲家の作品ばかりか,サティ自身の作品群の中においても,比較の例が見当たらない全くユニ一クなものである。しかしながら,この音楽作品は,サティのソクラテス観と音楽的思考と指向を知ることのできる,彼の代表的な作品でもある。以下,この作曲者と作品についての考察である。