1.はじめに
人間が集団を形成するのは情がその要因であり、またそれぞれの本性にしたがって集団を維持発展させながら民族や国家の歴史を形成している。
孔子の論語に「東山に登れば、魯の国が小さく見え、太山に登れば天下が小さく見える」という言葉があるが、これは人間の生きる術を示したものとして、孔子の哲学をよく現している。
歴史には、明らかに根があって、そこから幹や技が生じている。根というのは、自然の歴史であり、幹や枝は状況によって生じる歴史であるといえる。どの民族も自分の土地で、自身がその土地の人間であることを認識しながら生を営み、その民族の太初的な思想をもつようになる。
韓国には1万年の歴史があるが、韓民族が伝統思想を形成するようになるには明らかにしっかりとした根源的思想が存在していたためである。状況的な生を営むには、伝統的な生の基準が必ず必要となるのである。
韓国の固有思想の形成は、檀君朝鮮時代にみられるように「阿斯達(アサダル)」に首都を置いてからのことである。この阿斯達というのは、「明るさ」という意味があり、韓国の伝統思想の根源を一言で表現するならば、この「明るさ」、「光明」ということになる。そしてこれを韓民族は「神道思想」と名付けた。
この「明るさ」を土台とした歴史が重ねられて行くにしたがって、外部思想との調和が必要となってきた。このことは、神と物の調和が提示されている韓国固有思想においては自然のなりゆきであった。
韓民族は、神道思想を固有思想とし、中国の文化と接触することで「神仙思想」を、儒教、仏教、道教と接することによって「風流道」を形成した。また朱子の理学を受容し、性理学に発展させることで道学の道を開き、ソンビ思想が定立し、ソンビの国となった。
ソンビ精神というのは、人が人らしくなり、自ら光明となろうとする韓民族の固有思想を実践することである。したがって、韓民族のソンビ精神は、孟子がいう「他人の不幸を見過ごすことのできない心(不忍人之心)」を本質としながら、義理を生命より重要視し、殺身成義を生の理想とし、これを実践することにある。
韓民族の伝統思想は、これまで外来文化を受け入れる中で混乱を呈してきた先人たちによって、必ずしも実現されてきたとは言いがたいが、現代になって、民族精神をしっかりと見直そうとする努力が活発になっていることは幸いなことである。この講演は、韓民族精神の正しい定立を意図して始められるものである。
まず、ソンビ精神の根源、ソンビ精神の形成と宇宙観、倫理観、宗教観、そしてソンビの姿の順に概観しようと思う。