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タイトルヨミ
ホンコク ワタナベ カンイチロウ ニッキ 2 ( メイジ 32 ネン ブブン ホカ ) チュウシャク ・ ジンメイ サクイン
日本語以外のタイトル
Anotation on Diary of Watanabe Kanichirou: 1899 with Index (Continued from the last number)
ファイル
言語
日本語
属性
資料紹介
著者
大國 由美子 渡部寛一郎文書研究会
内容記述(抄録等)
『山陰研究』で翻刻を連載している、『渡部寛一郎日記』は、当時の山陰における教育の実態、地域政治と中央政治との関係を知るのに、貴重な史料である。ただ、記載されている人名や事項については、不明な点が多く、注釈なしでは、理解しにくい。本稿では、諸史料にあたって、できうる限り、事績や背景を明らかにしようと試みた。博雅の示教を請う。今回は、『渡部寛一郎日記』第二冊(明治三十一年・三十二年)の手帳の明治三十二年部分について注釈を行った(紙數の関係で、本号掲載の翻刻と範囲が少しく異なることに注意)。この注釈が、渡部寛一郎が、彼が校長を務めた修道館中学の経営のために、中央政官界、全国の教育者、旧藩関係者と交流する様子やその背景を理解するための一助となれば、幸いである。なお、文末に前回明治三十一年部分と合わせて、渡部寛一郎日記2全体の用語や人名の索引を付したので、参考にして頂きたい。
キー
Watanabe Kanichirou(1854-1938)was an influential educator in Shimane prefecture and the head of the society in support of Wakatsuki Reijirou(Kokudoukai). Here continued from the last number I made notes on his diary written on 1899. Through this Anotation we can perceive Wtanabe’s relationship with important persons of educational society and statesmen and beaurocrats. Also we can understand the situation of the central politics and the local politics in those days. Most of the notes are based on rare historical mateareals which are not easy to search now. Also I appendixed the index of the names and the words on the second diary of Watanabe Kanichirou: 1898-1899.
主題
渡部寛一郎
近代
政治
教育
漢詩
Watanabe Kanichirou
education
Meiji era
掲載誌名
山陰研究
12
開始ページ
103
終了ページ
120
ISSN
1883468X
発行日
2019-12-31
NCID
AA12382442
DOI(SelfDOI)
出版者
島根大学法文学部山陰研究センター
出版者別表記
San’in Research Center, Faculty of Law and Literature, Shimane University
資料タイプ
紀要論文
ファイル形式
PDF
著者版/出版社版
出版社版
部局
法文学部 山陰研究センター
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