タイトルヨミ | ヨウイテイ ロン
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日本語以外のタイトル | A Study on Yang Wei-Zhen
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ファイル | |
言語 |
日本語
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著者 | |
内容記述(抄録等) | 「元の中世に、文章の鉅公の、浙河の間に起こる有り。鉄崖君と曰う。声光殷殷として、霄漢を摩戞す。呉越の諸生の多く之に帰すること、殆ど猶お山の岱を宗とし、河の海に走るがごとし。是の如き者四十余年にして乃ち終る。」
楊維�(一二九六−一三七〇)、字は廉夫、号は鉄崖。浙江諸曁の人。ここに引用したのは、同じく、元来明初に活躍した文学者であり、政治家としては明太祖洪武帝のブレインとして活躍した宋濂が、楊維�の詐報を知らせた彼の門人に対して、書き与えた墓誌銘の冒頭である。(『鉄崖先生古楽府』四部叢刊本付録『元故奉訓大夫江西等処儒学提挙楊君墓誌銘』また『宋学士文集』四部叢刊本巻十六)宋濂がかくのごとく高らかにほめたたえる程に、元末の(江南)文壇は、一斉に楊維�になびいたのである。彼のその魅カは一体どのようなものであったのだろうか。その一端について、本稿は述べたい。 |
掲載誌名 |
島根大学法文学部紀要文学科編
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巻 | 17
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号 | 1
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開始ページ | 47
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終了ページ | 64
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ISSN | 03886859
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発行日 | 1992-07-25
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NCID | AN00108081
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DOI(SelfDOI) | |
出版者 | 島根大学法文学部
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出版者別表記 | Shimane University, Faculty of Law and Literature
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資料タイプ |
紀要論文
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ファイル形式 |
PDF
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著者版/出版社版 |
出版社版
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部局 |
法文学部
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