島大言語文化 : 島根大学法文学部紀要. 言語文化学科編

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島大言語文化 : 島根大学法文学部紀要. 言語文化学科編 10
2000-12-25 発行

南方大陸幻想と人種的同一性 : The Narrative of Arthur Gordon Pym of Nantucket

Antarctic Fantasies and Racial Identities : The Narrative of Arthur Gordon Pym of Nantucket
斎木 郁乃 アメリカ言語文化研究室
ファイル
a007010h006.pdf 1.35 MB ( 限定公開 )
内容記述(抄録等)
Edgar Allan Poeの唯一の長編小説であるThe Narrative of Arthur Gordon Pym of nantucket(以下AGPと略記)は、John Cleves Symmesの唱えた地球空洞説と、l83l年にSouthamptonで起きたNat Turner率いる黒人奴隷の反乱に象徴される、奴隷制度の可否をめぐる暴動を背景とした、擬似科学的冒険小説である。Poe自身が奴隷制擁護の立場を一貫してとり続けていたことは、l829年にBaltimoreでPoeが実際に奴隷売買に関わったという記録や、l836年にSouthern Literary Messenger誌上に掲載されたSlavery in the United Statesの書評によって、辛うじて立証されるに過ぎない。従って、"to be shady,""to be white,""the region of south"(24l)と解読される亀裂を有する洞窟を抜けて「南へ」向かうPymの航海を、アメリカの「南部へ」向かう旅と重ね合わせることで、AGPは、南北戦争前のアメリカ南部における人種差別主義のアレゴリーとして読まれ、またPoe自身の奴隷制擁護の姿勢を証言する恰好の材料となった。
しかしその一方で、Teresa A.Godduが指摘するように、AGPにPoe自身の人種観を読み込む解釈は、循環論に陥ってもいる。つまり、AGPはPoeの南部的人種差別の反映であると言いながら、同時にAGPをPoeの人種差別主義的立場の証拠と見なしているのだ(8l)。そこでGodduは、AGPを南部の奴隷制支持という“regional"な視点から、黒人の劣等性を示す人種理論という"national"な視点に移して読み直すことを提案している(82)。
本論は、AGPの種本の一つであるSymzonia;Voyage of Discoveryに描かれるSymmesの地球空洞説が、l9世紀のアメリカで、植民地主義を正当化し、白人の優越性を効果的に表す道具立てとして用いられたことを前提に、PoeがSymmesの理論を独自に解釈し直すことによって、AGPを冒険小説のパロディに仕立て、人種の「交換可能性」を示すことで、黒と白の境界線を無効にしていることを明らかにする。また、完全に白く理性的な人種を地球の裏側に想定したSymzoniaが、白人の優位性を高らかに歌い上げる一方で、人種的同一性がパフォーマティヴなものに過ぎないと暴露することにより、植民地主義を批判するテクストとなる可能性を追求する。