近世初頭に出現した「恨の介」と「薄雪物語」の二作品は、その趣向上の多くの類似点の故に、まるで一対の姉妹篇をなす作品のようにも見える。共に中世風な恋物語で、清水での見そめに始まり、観音の功力で女の所在を知り、華麗な恋文のやりとりの末に夢のような逢瀬となるが、忽ち悲恋に終る。細かなシチュエーションや描写・引用の、類似・共通点に至っては枚挙に暇がない程である。そしてその流行ぷりに於いては、「恨の介」は「薄雪物語」に叶わないが、とにかく両者共後続作品には重要な影響を残した。
しかし、実はその本質に於いては、両者は全く異なった性格の作品なのである。趣向や形態上の様々の相違は、いわば当然の事で、数え立てるまでもない。問題は作者の創作態度であり、モチーフである。それがこれほど類似点の多い作品間に於いて、どれほど大きな差異を示しているか。以下その点について述べたい。
それは作者の個人的な資質に関するとともに、同時代の或る対照的な精神構造にも関わって来るであろう。