島根大学論集. 人文科学

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島根大学論集. 人文科学 14
1965-02-05 発行

Trollope研究序論

冨士川 和男
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内容記述(抄録等)
 ある一人の作家が数多くの作品を書いている場合,そこには作家の成長なり変化の跡が認められるであろうし,またそれらの作品群を幾つかの型のもとに分類することもできよう。そのとき,その作家の作品に対する評価の問題が,複雑に入りこんでくる。作家のある種の作品を,別種の作品の尺度で裁くことは危険を伴いやすい。なぜならば,彼のどれか一つの作品を手に取るより前に,別種の作品がもっている長所を分析し,賞味してしまっているからである。さらに,変化というものも,一つの長所から,別の同程度の長所への移行であることも多い。Anthony Trollope(1815−82)も,こうした反省を追まってくる作家の一人である。彼の文学の質を評価しようとの試みは,幾たびとなく行なわれている。しかし,その意図が健全で好意的な場合ですら,彼の多大な作品数が評価を妨げてきた。後期の暗い調子の作品群を高く評価しようとすることが一般的な流行になってからでも,かなりの歳月が過きた。彼は対象から一歩も二歩も退いた客観的リアリスムと,卒直な態度を常に持ち続けようと努めた小説家だった。なるほど,そうした彼の姿が魅力的に映るときもあるかもしれない。にもかかわらず,彼が示す同じような対象への愛着のほうが,より強く読者に印象を与え,そのために彼は終生一筋の平坦な道をたどった作家だとして,彼の全作品を一色に塗りつぶす傾向があることも事実である。したがって,前期の作品群と後期の暗い作品群とを対立的に分類して考える見方は,全作品の不変性のみを探して一色に塗りつぶす誤ちだけは回避しているのかもしれない。しかし,このような分類にもとづく評価も,仮面を被った不変性の探究になりがちである。しばしば,前期の作品群が,後期の「生きている」作品群によってノック・ダウンされるために,わら人形として利用されているにすぎないからである。彼の作品の分類体系にそって,ある種の作品を賞めるからといって,別種の作品を責めなければならないとはかぎらない。そこで,最初から彼の全作品に統一性を求めることはやめて,多種性を前提とすることによって,幾種類かの特質を探ぐることにしよう。そのうえで,出来うるかぎり妥当な分類を試みることである。もちろん,一つだけの要素にもとづいて体系を作り上げたために,他の同じくらい重要な諸要素への配慮を押しやり,全体像を無視することになっては好ましくない。
NCID
AN00108183