現存の養老日本紀成立以前に旧日本紀が存在したことは、(1)旧日本紀の逸文が残存していること、(2)弘仁私記を媒介として証明し得ること、(3)干支紀年法に一年のずれを生じた旧日本紀が存在したこと、(4)神武元年の位置を異にした旧日本紀が存在したこと、(5)現存書紀の天武紀は書き替えられていること、などの諸側面から明らかにされたと思われるが、この旧日本紀が扶桑略記その他数個の史料に伝えられている、「和銅五年上奏日本紀」であるか否かは、必ずしも明確にされたとは云えない。従って小稿においては、今まで「旧日本紀」と呼んで来たものが、はたして「和銅五年上秦日本紀」であるか否かを検討してみよう。