本研究の目的は次のとおりである。(1)Snodgrass&Vanderwart(1980)が画像材料の標準化のために作成した260の画像を用い、彼女らと同様の手続きで,我が国における画像材料の標準化を試みること。(2)結果の分析を通して、画像の処理過程を探ること。(3)同時に,両者のデータを比較分析し、文化比較研究を行うこと。今回の報告は,上記目的のために実施された実験の,基礎的な分析結果に関するものである。
言語的符号化と並行して、非言語的符号化に対する関心が高まり、イメージ用語の復活と共に,多くの実験研究が行われるようになった(松川、1982)。非言語の過程は、主に視覚的符号化を中心に,たとえば,絵(画像)と単語の処理の速さ。再認のよさなど様々な方法で,両符号化の性質の違い,類似を明らかにしようとされてきている。こうした研究を進めるときに,常に問題となるのは,用いられる実験材料の統制に関してである。言語材料に関しては,たとえば日本語についても、小川・稲村(1974)が名詞の諸属性の測定及び検討を行っているように,従来の研究の流れからいっても,多くの資料が提供されている。しかし,画像に関しては,暗黙の了解のもとに,ある対象概念を表現するものとして、実験ごとに種々の材料が用いられている。その結果得られた資料が,単純に比較されてよいかどうかは疑問の残るところであろう。ランダム図形については,Vanderplas&Garvin(1959),石黒(1972)などが,連想価の測定を行っているが,いわゆる絵(画像)であっても,それが我々の経験する具象世界の,何らかの代理物として表現されたものであるとすれば,その画像が,我々にとってある対象(概念)の典型としてどの程度認めることができるかということは,やはり問題となってくるといえよう。
Snodgrass&Vanderwart(1980)は,このような背景のもとに,画像材料の標準化を試み、260の画像セットに対して、命名の一致度,イメージの一致度,熟知度,図形の視覚的複雑度の4変数の測定を行った。前者2変数は,画像の典型性を言語・非言語の側面からそれぞれ測ろうとするものである。熟知度は,頻度と並んで、従来より種々の処理過程に影響することがわかっている。これらはいずれも符号化の後の段階に属する変数と考えられる。図形の視覚的複雑度はそれに対して,符号化の初期の段階に関する変数である。これらの4変数は,対応関係はもちながらも,それぞれ独立した画像の特性を代表するものと考えられた。
しかし,Snodgrass&Vanderwartの結果を,そのまま我々の実験の際の判断材料としてよいかは,画像が我々の日常的経験と比較的密接に関連しているだけに,検討の余地があるといえる。ランダム図形の連想価の測定でも、石黒(1972)は,我が国での結果がVanderplas&Garvin(1959)より,分布の幅の大きいことを報告している。したがって,本研究では,Snodgrass&Vanderwartの実験の追試を行い,上記の目的に沿って検討を進めるものとする。