この小論は Uncle Tom's Cabin をジェンダーという概念から照射することによって、この作品の1つの側面を見いだそうとする試みである。これまでに筆者は Uncle Tom's Cabin (以下 UTC と略称する)という,アメリカ文化史上希有な大衆性と政治的影響力を持った作品に,2つの側面から光を当てる作業を行ってきた。この小論は,先の2つの作業−同時代の白人社会との関連性と,後世の黒人による評価の跡づけ−に続く,3度目め試みとなる。
ここで言うfemininityとは,娘として,妻として,母として,あるいは家庭の主婦として女性が直面する様々な社会的経験を通して明らかになっていく特性を指している。femininityの反対概念は,当然masculinityであるが,現代においてこれら2つの語が文学批評に用いられるとき,いわゆる「女らしさ」「男らしさ」という,伝統的な性差による特性のステレオタイプを意味しないことは言うまでもない。ここでは,例えば「愛嬌」「おとなしい」「感情的」「受動的」等の特性は,femininityの概念から外れることを始めに断っておきたい。
masculinityと同様に,femininityもまた,各個人の経験の差によって内包される意味は多様である。また,femininityはmasculinityと比較対照されたときに,いっそう属性が明らかになるように(その逆もまた真であるが),それ自体非常に曖昧な概念である。にもかかわらずfemininityをUTCを読み解く重要な鍵の一つとみなすのは,この作品が女性によって書かれた,「女々しい」男性の主人公と,多くの女性作中人物の物語,というしばしば貼られる荒っぽいレッテルが,作品の本質を言い当てている面がある,と筆者が判断したからである。そこで当面,femininityの中身は曖昧なままにして考察を進めていくことになるだろう。
具体的には次の3点−まず女性作中人物に注目し,彼女たちのfemininityがどのようにプロットあるいはテーマに寄与しているかを検討する,第2に主人公トムの性格造型におけるいわゆる「女性的」要素を見る,第3に作者ストウが女性であることの意味−を順に考えていく。最後にfemininityを奴隷制との関連で考え,更にfemininityの持つ普遍性と,ストウの時代におけるfemmimtyの個別性について少し触れてみたい。