総務庁統計局の「労働力調査」によると,1980年以降女子雇用者に占める有配偶者の割合は6割近くにも昇っている。つまり共働き家庭の増加である。
この共働きの増加によって,男女の性役割に変化をもたらしたであろうか。
1986年男女雇用機会均等法施行後,労働基準法の母性保護規定の緩和その他労働条件の変化は,働く女性の労働条件を一層厳しくしている。子どもを持つ有配偶女性は自分の睡眠時間や自由時間を減少したばかりか家庭生活において家族に負担をかけていると認識している。また,総理府の「女性に関する意識調査」によると,女性が職業をもつことによる障害として「家事が十分にできない」「育児や子どもの教育が十分にできない」がともに6割もあげられている。
この二つの調査は,女性が厳しい労働条件の中で,男性と互角に働くには家事と育児=家庭責任を両性で負担するべきだと思いながらも,なお家庭生活のかなりの部分を女性がしなければならない(するものだ)という前提で答えているということである。勿論,働きに出る時に夫から「家事をおろそかにしない」「子どもの教育やしつけをおろそかにしない」と約束させられているということも忘れてはいけない。
固定的な,伝統的な性別役割分業観はこのように依然として強く残っていることを明確にしている。
つまり、女性の職場進出が進んでも,あるいは,子育てしながら働き続ける女性が増えても,家事・育児の実際と責任は相変わらず女性に押しつけられており,またそのことを女性はある程度不満に思いながらも受け入れているといえる。
しかし,妻(母)の職場進出は,父親と母親の役割(親役割)を曖昧にしてきていると言われている。つまり,「心理学的両性性」を実行しているのではないかというのである。つまり,同じ人がある場面で道具的な行動をとり,他の場面で表出的な行動もとるというように。また、このように,父親の役割,母親の役割が曖昧になったことが,子どもの社会化に影響を及ぼし,現在の子どもの問題行動の出現にも関わっているのだという。
確かに、最近の父親は,権威がなくなったとか,低下したとか言われてはいるが,それは,父親の役割が母親役割に近づいたというよりも、父親役割そのものを発揮していないからではなかろうか。「心理学的両性性」を発揮しているのは,母親だけであって,父親は,子育てにおいては(いや夫としても)なんら役割を果たしていないのではなかろうか。
子どもの社会化を図るためには,父親・母親それぞれがそれぞれの役割を果たすことが必要であろう。しかし,性別役割分業時代の父親・母親役割であらねばならないことはないであろう。
では,家事・育児を男女共同の仕事とする社会にあって,子どもの社会化を促進する父親役割・母親役割とはどんな役割なのであろうか。父親として,母親として最低限子どもに果たさねばならない役割とはどんなことなのであろうか。
このことを追究していく手がかりを得る一つとして,まず,子ども達が父親母親にどのようなイメージを持っているのかを見たのでここに報告する。