島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学

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島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 10
1976-12-25 発行

攻撃的行動と施設の現状

Aggressive Behavior and the Situation of Institution
堤 雅雄
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内容記述(抄録等)
 人間の攻撃性は,その一種おどろおどろしい言葉の響きと,いかなる人の心の奥にも普遍的に存在しているという否定すべくもない事実の故に,久しく関心をいだかれ続けてきたテーマである。
 心理学の分野にあっては,概略,次の2つの考え方が主なものである。1つは,精神分析学や比較行動学(エソロジー)の知見に基づくもので,攻撃性は人間にとって本源的なもの(衝動)であるという認識であり,いま1つは行動主義心理学の流れをくむもので,攻撃行動は学習によって獲得され強化されるという認識である。近年後者の観点からなされる実験的研究がとみに盛んである。
 この2つの考え方はそれ自体必ずしも相矛盾するものではなく,次のように総合してもかまわぬであろう。即ち攻撃性という心性は人間にとって1つの内的自然であり,一方その表出の形態に関しては学習的・獲得的性質を有するものである,と。前者が「攻撃性」であり,後者が「攻撃的行動」である。
 このことは行動の発生的研究において示唆されている。幼児における攻撃的行動はごく一般的にみられる現象であり(Levy&Tulchin,1925;中西,1959),これが言語発達を媒介とした表現力,自己抑制力の増大,行動形態の分化・拡大等を含む全般的人格発達に伴って,次第に制御されたものとなっていくのである。
 中西によれば,幼児期の反抗の行動類型は,I.無方向的なかんしゃく型(1才時にピーク),II.強制者に向けられる攻撃型(3才時にピーク),III.言語型,IV.緘黙型の順にあらわれ,第I,第II型が年令とともに減少していくのに対し,第III,第IV型は次第に増加していく。この交替期は5才前後であり,この時期には両傾向とも40~50%の出現率を示している,という。
 この移行は,知的・言語的なハンディキャップを有しているこどもたちにとっては健常者以上に困難であると考えられる。自らの欲求や感情を抑制し,対象化することが困難で,またその表出手段も限られたものであり,直接的な行動に訴えざるを得ないことが多いであろうと推察されるからである。
 最近の攻撃的行動に関する研究は,Feshbach(1970)も言うように,継続的研究,事例研究はその必要性にもかかわらず比較的少数で,主として実験室的研究が盛んである。この種の研究からは攻撃的行動を規定する種々の環境的要因に関する知見が数多く得られているが,ただ研究者それぞれの方法論に規定された形での操作的定義に基づいてなされていることからくる不統一が目立ち,これに対する再吟味も行なわれるようになってきている(例えば Tedeshi&Smith,1974)。
 攻撃的行動の概念をいかなるものとして定義づけていくかは非常に重要かつ興味ある間題ではあるが,ここではこれ以上立ち入らない。ただ,この本来極めて人間的である行動の本質的な部分を捨象し,overt response としてのみとりあげるという形にはしたくはないと思っている。