ワサビ墨入病は元島根県農事試験場技師の横木国臣氏により発見され,詳細な研究がなされている。その病原菌は不完全菌類 (Fungi Imperfecti),擬球殻菌科(Spaeriodaceae),Phoma属に属する一種の糸状菌で,昭和8年その学名は Phoma Wasabiae Yokogi と命名された。
墨入病は腐敗病と共にワサビにとって重大な病害の一つであり,根茎の被害が最も大きいが,その名の示すように,罹病したワサビの根茎は黒かっ色に変色し,通称「スミ入り」と呼ばれている。墨入病の病状は被害部により異なるようであるが,根茎では傷をうけたところから発生すると云われ,発生するとその部分が黒かっ色に変じ,その変色は次第に内部に進み,維管束に達したのち,維管束に沿って進展する。そしてこの黒変は皮部に向って進展することはあるが,髄部には深く入らないことが認められている。
ところで,ワサビが何故黒変するか,また,黒変した物質はどのようなものであるかについては何ら報告がなく,単に墨入病菌のチロシナーゼ酵素によりチロシンが酸化されてメラニンになるのではないかと推論されているに過ぎない。
筆者はワサビ黒色物質の本体並びにその黒色物質形成の機構を明らかにするため本研究をとりあげた。本報では墨入病菌のチロシナーゼ活性について得られた2,3の知見と培養基の着色並びに変色について報告する。