流れゆく雲間を逆に月が走りぬけて行くように見えたり,三角洲が川の流れに逆行して進むように見えたり,また橋の上から川面を見ているうちに自分の方が川の流れと反対方向に動いているように感じられたりするといったこれらの現象は,誰しもが経験するところである。このように,実際に動いているものの方が関与系になり,実際には動いていないものの方が動いてみえるような特異な運動知覚現象は,心理学に於いて「誘導運動」と呼ばれ,実験的にこの現象を問題とした研究もいくつか試みられてきた。本稿では,それらの実験的諸研究,評論を歴史的に追いながら,過去にどのような問題が提起されたかを見る一方,今日的にこの現象にまつわる問題点をどのように考え,どのような形で問題にすべきかを明らかにする。それに従っていくつかの実験的なアプローチが考えられるが,本稿では対象意味と運動との関係を予備的に明らかにしようと試みた。