島大法學

島根大学法文学部
ISSN:0583-0362
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島大法學 39 3
1995-11-30 発行

D. ガーランド「処罰的社会」

David Garland,"The Punitive Society"
三宅 孝之
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内容記述(抄録等)
 ここに紹介する講演は、一九九五年五月二四日にエディンバラ大学において、刑罰学教授職へのD・ガーランド(David Garland)の就任講演として行なわれたものである。この講演は、第十一回のエディンバラ大学犯罪学および法杜会・哲学センターの講演を兼ねており、同センターとエディンバラ大学法学部が共催して、大学構内の理事会堂で行なわれた。
 新設の刑罰学教授の職は、三年前に設置されていたもので、ガーランド講師(Reader)が最初の就任となった。
 なお、エディンバラ大学には、犯罪学(Criminology)教授としてD・マクリントック(Derick McClintock)が講座を担当し、最初のセンター長として十二年前に年次講演をされていたが、昨年五月に逝去されている。
 ところで、イギリス(主として、イングランドとウェールズ)における最近の政府の刑事政策の動向には著しいものがある。特に、犯罪者処遇面において、ウルフ・リポートの部分的実施(刑事施設における巡視委員会の懲罰裁定機能剥奪など)そして一九九一年刑事司法法(Criminal Justice Act)に一部示された単位罰金刑制度など、積極的評価のされる政策も見られた(この単位罰金制度も一九九三年刑事司法法によって効力をもたなくなっている)。その一方で、同一九九一年法によって社会内刑(Community sentence)として包括された社会内処遇の選択肢、とりわけ杜会奉仕命令は処罰的色彩を濃厚にしてきており、それへの消極的評価も出ており、むしろこの潮流が基本であるかのように見える。内務省が最近公表した緑書「地域社会における刑罰強化」および改訂版「地域社会における犯罪者のスパービジョン全国基準」における処罰的傾向は、このことを示している。さらには、危険傾向の低い若年犯罪者(十八~二一歳)に対し、野外を中心にした二五週、一日十六時間の規律の厳しいドリル、教育、訓練、重作業を課し、処罰的「ショック」(メージャー首相)を与える処遇実験が開始されたことも挙げられる。これは、アメリカ合衆国の軍隊式の「ブートキャンプ」方式を調査し導入したものである。
 このような、最近の処遇面の評価の分かれる、いわば揺れをもった刑事政策は、どのように位置づけられるのか、そしてそのもつ意味は何か、打開の道は何かなどに関心が寄せられるところであるが、ガーランド講演は、これらの疑問に答えたものであるといえよう。
 講演は、本論で展開される「処罰的社会」を論じるために、いわば「犯罪学」批判であり、自己の社会学的な刑罰関係学といえる立場、すなわち刑罰学(Penology)の立場を歴史的に展開する形をとっている。ガーランド教授は、イギリスにおける現在の公式犯罪学のもつ二傾向を批判的に考察するなかで、自身のデュルケムに近い社会、犯罪観を示し、犯罪への対応の方向を示している。特に政府の公式犯罪学の一翼を「責任化」戦略=責任拡散化政策として捉える分析は、最近の「状況予防」犯罪学の本質を言い当てている点で注目される。
 デュルケムの犯罪常態説およびアノミー論は、衆知のところあるが、現代イギリス社会、犯罪状況とそれへの対応を、類似した観点から捉えている。ここでは、現在を社会変容によって生じた旧来の道徳、社会的連帯性の崩壊があるにもかかわらず、新たな社会構造とそれに照応する新たな道徳、社会連帯性の未成立として、すなわち新たな社会、規範成立への過渡期と把握すべきなのであろう。この見地は、ダーレンドルフが「アノミア(Anomia)とは、の行動を支配する諸規範がその妥当性を失っている社会状態である」としたものとも共通するところであり、近時の犯罪、社会観の一つの流れとして注目すべきものを含んでいるように思われる。ガーランド教授は、犯罪統制の道を、デュルケムの提示に示唆を受けながら、市民社会の合議体・組織に国家の従来担っていた権限を委譲し、これらの協同および集団規律である道徳的抑制に委ねることに求めているようである。そのために、放任的な自由市場経済への社会的統制も必要としている。
 いずれにせよ、認知犯罪件数が著しく高く、刑事政策のいわば失敗の連続の中から、歴史的分析を通じた新たな犯罪統制の方向を素描したものと言えよう。