アノミー理論が逸脱行動を統合的に説明する意図を持って提示されて以降,ほぼ40年を経過するに到っている。その間,様々なアノミー論が提起され続けて来たし,それら理論を検証するための実態調査も数多く蓄積されて来ている。
本稿の課題は,そうしたアノミー研究の系譜を辿ったり,あるいはまた,アノミー理論の今日的な経験的妥当性を問おうとするところにあるのではない。従来アノミー理論に関する修正提案の試みがなされる場合,その多くは,ある特定のアノミー論において展開された仮説命題を,それ自体として経験的調査研究へ下ろし,その調査結果を反映させる形で仮説命題を修正するという方法がとられてきた。そうした方法が理論と実証とのあるべき関係を示す最も妥当なやり方である事には異論がない。ただし,そうした修正の方法が採られる場合,研究者の関心の焦点は,アノミー理論の仮説命題そのものに絞られているのがほとんどであると言ってよい。
これとは違った角度からなされる修正の試みは,アノミー論の理論的次元における整合性の追求,あるいは理論の厳密化のための提案である。このタイプにあっては,経験的実証とのかかわりは一応枠外に置かれている。にもかかわらず,こうした修正方法においてもまた,研究者の関心の焦点が,アノミー理論の仮説命題そのものにあるのが過半である点においては共通性がある。
本稿において取り上げる修正提案が,アノミー理論の中で問題とされている理論変数間の関係に検討を加えるという点では,後者のタイプの修正提案と同一方向にあると言える。ただし,後者のタイプの課題と,本稿のそれとが決定的に違う点は,本稿における筆者の関心の焦点が,アノミー論の仮説そのもの……それが社会構造上の特性を表示するものから,個人の心理的なパーソナリティ特性を表示するものまで含めて……に限定づけられていない所に求められる。
筆者の問題関心は逸脱行動論の一般理論を構築する所にあり,そうした観点に立って,アノミー理論で展開された理論仮説を,逸脱行動論の中へ包摂することを意図している。こうした問題意識の下に,本稿においてはまず第一に,アノミー理論の中心概念になっている目標(goal)および規範(norm)概念を厳密化するとともに,両者の相互関係を上に述べた観点から明確する。第二に,アノミー理論において提示された理論仮説を,逸脱行動論の観点に立って,それの方向へ向けての厳密化,および,修正,展開をはかる。第三に,こうした作業を通じて,アノミー理論に内在する基本的な問題点を明らかにして行くことにする。