皮肉を込めて「労働者天国」と呼ばれたソ連の崩壊に続く体制転換後ロシアの市場経済化過程で、労働者を取り巻く状態と彼らの行動様式とがどのように変わったのかということを、制度の変化及び産業構造の変化との関連の中で捉えるための基礎的な情報源であるロシア労働統計について紹介するのが本稿の課題である。
ロシアでは、経済体制の転換・市場経済化による雇用環境の変化に対応するために、労働統計の仕組みも変更された。周知の通り、ソ連時代の労働統計は、他の経済統計一般と同様、量質ともに貧弱なものであったが、体制転換後は、国際労働機関(ILO)の協力のもとで国際標準の労働統計システムに移行し、不十分な点は残るとはいえ、量質ともにソ連時代とは比較にならないほどのデータが提供されるようになった。そこで、本稿ではデータを用いた分析を控えて、データの定義、作成方法、及び性格について、ロシア統計国家委員会の説明(主としてGoskomstat RF(1996a))とILO(1990)の解説を頼りに紹介・コメントする。これは、筆者が今後取り組むべき統計的な就業構造分析に先立つ準備作業という位置づけのもとに行われている。
ソ連時代の労働統計と体制転換後ロシアのそれとの一番の違いは、新たに失業者数が表示されるようになった点にある。これによって、形式的にはILOの労働力人口概念である経済活動人口(=就業者+失業者)を構成することが可能になる。その一方で、現在もソ連以来の労働資源概念と労働資源バランスを利用して統計を作成しており、労働統計システムも移行期的性格を持っていると言える。
失業統計については、ロシア統計国家委員会と連邦雇用局とがそれぞれ独自にデータを作成しているが、連邦雇用局べ一スのデータは後述する理由から限られた用途にしか利用できないと判断できる。従って、多くの失業者統計利用者にとっては統計国家委員会データが柱になると考える。
労働関連指標としては、他にも人口、賃金統計、労働条件に関する指標などがあるが、ここではひとまずマクロ経済分析に関わる「人の動き」に関するデータを中心に整理しておきたい。以下、経済活動人口、非経済活動人口、労働資源、就業統計、そして失業統計の順に見ていく。