「音」に関連した学習指導は,小学校第2学年の「音のあそび」に始まり,小学校第5学年での「音の伝播,強弱」をへて,高等学校物理の「弦の共振,気柱の共鳴など」へと続く。
例えば,小学校第5学年のある教科書は,音の強弱が振動の振幅の大小に関連することを調べる方法として,両端を固定した弦の中央を摘み,これを弦に直交した方向に変位させてから離し,発生する音の強弱をみる実験を掲載している。そのまとめとして,弦の振動領域を大・小のふくらみを持つ紡錘形で表し,これらと振動音の強・弱とを対応させている。
このように,弦や気柱の振動・波動の説明において教科書,参考書に登場する図面は,正弦波形ないし紡錘形が大半である。このことが学習者に根強く浸透し,また日常経験する振動弦などの運動領域・波形が紡錘形・正弦波形として目に映ることにもより後々までも,それらの形はそのようであると思われがちである。
事実このことは,上記の実験における弦はどんな形で振動しているかを問う調査結果からもうかがえる。すなわち,当学部の学生285名,松江市内の小学校教員86名,合計371名の調査対象中,74%の者は正弦波ないし紡錘形と答え,16%は高さが減少する二等辺三角形,4%は円弧の形であり,残りは的はずれの形か白紙のままであった。また,この解答比は,学生と教員の間に大差がなかった。
しかし,中央を摘み上げて二等辺三角形の二つの等辺を形作っている弦が,振動の最初から,別の形である正弦波形になることは考えにくい。
この運動は解析的に求められようが,一様に張られたしなやかな弦の微小部分に働く張カを考えれば,その初期の運動は容易に予想できる。すなわち,弦が摘みから離れた直後におけるその部分は,その両側に連なる弦から等しい張力を受け,平衡状態にあるので,静止を保つはずである。ただ運動を開始できる部分は,摘み上げた二等辺三角形の頂点の近傍のみであろう。何故ならば,この部分は二辺に沿って等しい張力を受け,その合力は打ち消すことなく二等辺三角形の高さに沿った弦の両固定端の中央に向く力となるからである。したがって,この部分はその方向に加速される。この議論の続きは後に述べることにしても,少なくとも振動の初期において,頂点の近傍のみが運動し,その両側にある部分は固定され,弦は正弦波形や高さが減少する二等辺三角形にはなりえない。
他方このような理とは別に,振動中の弦を眼視観察すると,その振動領域は確かに紡錘形に見える。いったい弦はどんな形で,どのように振動しているのであろうか。この解答を具体的に明示するために,本論文においては,弦にゴムひもを用いて振幅を大きくとり,その振動の様子を写真撮影の手法で追求することを試みる。合せて,この結果を解析的にも,図形的にも考察することに触れよう。