島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学

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島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 27 1
1993-12-25 発行

歴史物語の範囲と系列(上)

The Range of Rekishimonogatari
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内容記述(抄録等)
「歴史物語」とはきわめて曖昧な用語である。「歴史物語とは何か」「歴史物語の本質は何か」などの問いを満足させられる定説はない。歴史書か文芸かという根本的な課題も解決されていない。歴史物語論は数多く試みられているが、その本質的な究明には及んでいないと言わざるを得ない。少し詳しい文学史の記述には必ず取上げられながら、「歴史物語」の本質や特質はほとんど明らかにされていないのが現状である。その第一の要因は、該当する諸作品から共通項を抽出することを通じて歴史物語全体の性質を帰納しようとする方法自体に存しているように思われる。なぜなら、その際に検討を加えられる作品の範囲が確定されていないからである。たとえば、『栄花物語』と『大鏡』によって歴史物語の属性を考える場合と、『水鏡』や『増鏡』をも加えて平均値を求める場合とでは、かなり事情を異にするであろう。さらに、歴史物語を文字どおり「歴史の物語」の意に解して、軍記物や史論書なども考察の対象に組入れるとしたらまったく別の解答が用意されるに違いない。中古の作品を中心に歴史物語を狭義に捉える立場が根強い一方で、広い視野で歴史書的性格のものを可能な限り加える必要性が、特に中世の歴史物語への関心にかかわって説かれている。
 このような混沌とした状況を踏まえた上で、本稿で対象とするのは、まず狭義の歴史物語である。『栄花物語』や四鏡を中心とする狭義の歴史物語作品群にも無視できない共通性が見いだせ、一連のものとして制作され、享受されてきた形跡が顕著に認められるからである。要するに、軍記物や史論書を含まない「歴史物語」を一括する慣行が文学史的に有効であるか否かを吟味することから歴史物語の範囲に関する考察を姶めたい。