島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学

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島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 24 2
1990-12-25 発行

『増鏡』における過去と現在 : 「先例」の機能について

A Study of the "Precedent" in Masu-Kagami (増鏡)
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内容記述(抄録等)
 十二世紀初頭、王朝貴族の没落はすでに疑う余地がなかった。保元の乱を契機に「武者の世」が到来したという見地が表明されたのもこの頃である。さらに、京都の朝廷と並んで東国にも強大な政治権力が成立してからは、前代に比べて公家の活力や威光が著しく減退していったことは否定できない。、それに加えて、承久の乱以降は皇位の帰趨や執政者の人選にまで幕府が決定的な影響力をもつ事態が一般化する。このような時代の歴史を衰退する公家の側から叙述する『増鏡』には、武家優勢の現実の中にあって、あえて公家社会の不滅と繁栄が志向される。時代錯誤、史的洞察力の欠如といった酷評は甘受しなければならない。しかし、絶望的な現実に対して、物語的理想世界の再構築、王朝文化持続の証明をある程度は成し遂げた事実とその文化的生産力の源泉は軽視できないであろう。
 悲観的な状況下でなされた『増鏡』の著作には、当然、公家社会の盛時が強く意識され、回顧されたはずである。王朝物語や王朝時代の理想的事跡が頻繁に引用され、規範とされるのは、中世の歴史文学に共通の性格であると同時に、『増鏡』形成の要諦にも深く関与すると思われる。先例によって理想世界としての王朝時代が希求されるのは『増鏡』の特性の一つと見なせる。したがって、作品内に描かれる諸事象にそれ以前の事実(先例)がどのように機能するのか、というところに問題を設定するのも無意味ではないであろう。
 また、一時的にとはいえ、幕府の倒壊によって後醍醐帝の統一的政権樹立されたのも現実である。この瞬時の光輝は『増鏡』の中ではどのように捉えられるのであろうか。成功した一時期のみを重視すれば、過去の理想的時代(先例)の回復と見なされるし、結局失敗したことに注目すると、過去を回復できなかったという挫折感や諦念が表出されていることになる。この意味で、先例の問題は作品の本質に関わる。
 以上の観点から『増鏡』の「先例」の機能を考察する。