島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学

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島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 18
1984-12-25 発行

声楽発声に関する2・3の考察(第2)

Some consideration on the fundamental technique and its training in musical voice production(Part II)
三原 重行
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内容記述(抄録等)
 近年我が県の声楽分野での演奏上の質の向上は目覚しく,諸先生方そして生徒諸君の絶え問ぬ努力の効あって全国のトップレベルになりつつある。現に合唱コンクールや独唱コンクールに於いては輝かしい成績をあげているのである。
 だが一方,合唱及び独唱の分野を含めた声楽分野での指導上でのメトードは全国的にみてもまだまだ充分確立されているとは思えないのが実感である。我が国の音楽大学等の専門機関に於いてすら確固たる方法論・教授法が確立されていないと言っても過言ではなかろう。この事の理由に下記の様な事が考えられる。
 第一に声帯という楽器はピアノ・弦楽器・その他の楽器が見えるものとして存在しているのに反して発音体が体の内部に存在するということである。この事は自分自身の声を客観的に捕えることが大変困難な学問であるという事になる。即ち,勘と経験によって喉の開き方,声の設定の仕方を見い出し体得していかねばならないのである。
 第二に声楽にはその練習過程に於いて必ず良い耳を持った指導者が必要であるということである。自分で自分自身の声が充分に認識できたいという致命的欠陥を補う為には良く訓練されたボイス・トレーナーの必要性を強く感じるのである。世界的に活躍しているソリストでさえシーズン,オフになれぱ有能なボイス・トレーナーに就き自分の声の調整をするのが実状である。特に学習の初期の段階に於いては,初心者が一人で練習をする事は可成りの危険が伴うのであって,理想的には殆ど毎日か或いは一目置きに良い耳を持った先生のもとでレッスンを受ける必要があるように思われる。
 東京芸術大学及び教育系の国立大学に於いては未だに一週間に一回のレッスンで発声から音楽作りまで総て一人の教師で指導せねばならない。この様な声楽教育界の状況の中で理解し易く,効率の高いメトードはないのかという要望の声を耳にするのだが,この紙面をかりて甚だ浅学の身であるのだが,私の現在までの声楽発声指導上での比較的学習成果の見られた指導法について整理してみようと思い,この小論文となった次第である。