『入道大納言為兼卿集』また『為兼集』と称するものは『続群書類従』(続群書類従完成会第十六輯)に二本収められており、「干時文安元年甲子年三月下旬」の奥書の一本と、「寛政九年六月下の六日」の奥書の一本とで、前者を「甲集」、後者を「乙集」と私は呼んでいる。両集とも『為兼集』とは名付けられながら、為兼だけの歌の集でなく、他人の歌が多く入っていることは、すでに知られていることである。
本稿は、甲乙両集の申、乙集について、その性格を明らかにするために、いささかの調査を纒めたものである。甲乙両集について述べるべきであるが、本紀要の規定の枚数内に収めるために、乙集だけを切り離して述べるものである。そのために記述に不十分な点のあることは止むを得ない。例えば、「為兼集(乙)一覧表」の中で、甲集と重複している歌の「備考」欄の記述は、乙集においては、甲集のそれに譲って繰り返さないことにしてある如きであり、また甲乙両集と関連比較して論ずべき点もあるが、甲集を省略しているために、本稿では十分に触れていない点もある等であるが、これらについては諒とされたい。甲乙両集を一括して発表できる機会を持ちたいものである。
乙集には、為兼の佐渡配流の際の歌が付載されているが、省略してそれには触れない。
甲乙両集について、次田香澄氏は、精細な御研究を、昭和三十八年八月号の「国語国文」に「為兼集の性格と意義――付・所収歌の作者および出典――」として御発表になっている。その御研究に拙稿は負うところの多大であることに感謝するものである。