Memoirs of the Faculty of Education. Literature and Social science

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Memoirs of the Faculty of Education. Literature and Social science 23 2
1989-12-25 発行

青年期危機に関する臨床心理学的考察 : ニ人の少女の事例から

A Study of Clinical Psychological Approach to Puberal Crisis : On two girl's cases
Onishi, Toshie
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 子どもから大人への移行期にある青年期は,従来から不安と動揺に満ちた「疾風怒涛」の,危機的時期であると言われている。
 Kretschmer,E.(1948)は,青年期精神医学に初めて「思春期危機」という概念を導入した。Kretschmer は「思春期危機というのは,疾病でも神経症でもなく,むしろ思春期と密接な関係をもつ限局された体質的な時間的経過であり,かなり強い社会的な影響を伴う人格的成熟の困難である。」と述べており,思春期という年代それ自体が危機的であると指摘している。
 精神分析家である Erikson,E.H.(1968)は,青年期の最大の課題として「自我同一性」の概念を提唱した。青年期において自我同一性は確立されていくが,その時に同一性間の葛藤や同一性の拡散に巻き込まれて動揺し,さらに否定的同一性や過剰同一化が介入して同一性の危機に陥ることもあるとしている。
 清水他(1976)は,「青春期危機」に関する文献的考察を行い,また「青春期危機に関する試論」(清水 1976)として,青年が危機に追い込まれる条件を取り挙げている。それは,(1)若者に特有の思い上がり,(2)内省の乏しさ,あるいは外に向けられていた眼差しを内に方向転換できないこと,(3)連帯感を経験できていないこと,(4)あれかこれかの選択を迫られる二者択一の状況,すなわち「決断」の課題に直面することが青年を危機的状況へ追い込む条件であると述べている。
 一方で,この思春期危機概念に対する反論もある(清水他 1976,1979,井上 1982,下坂 1984,)。アメリカの Offer,D.らの研究は,一般の健康とされている青年に対する調査を基にして,いわゆる「青年期平穏説」を提起し,「青年の混乱は決して普遍的な現象ではなく,あくまでも青年期を通過するいくつかのルートのひとつに過ぎない。」と結論づけている(村瀬 1984)。村瀬(1976)は,この Offer,D.らの研究,彼と同時期に行われた Masterson,J.F. らの症状的青年研究,Marcia,J.E. の青年の identity の客観的研究なとを展望し,自らの研究結果と照らして,「危機説」と「平穏説」について総合的考察を行っている。それによると,青年期の危機の程度を規定する諸要因は,「不安,葛藤,挫折をもたらし易い内面的状況的な負の要因群とこれに対応しこれを克服する方向に作用する正の要因群の二つに大別できる」とし,「青年期が危機的であるかないかという問題の提示は,少なくとも青年を理解する上で適切とは言いがたい。どのような青年と状況がどのような危機を招きやすいか問われるべき課題である。」と述べている。
 筆者は,児童期までは順調に成長してきた少女が,青年期の入口で挫折し,以来本人はもとより家族までも危機的混乱に陥ってしまった二つの事例に対して,母親面接を通して関わってきた。本稿では,これらの事例を通して,青年期の危機的状況を具体的に理解し,青年期をめぐる問題について若干の考察をする。